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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(オ)410号 判決 1982年1月19日

上告人

大正海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

平田秋夫

右訴訟代理人

原田策司

相澤建志

児玉康夫

被上告人

白石文子

外五名

右六名訴訟代理人

吉田朝彦

右訴訟復代理人

福山孔市良

主文

原判決の上告人敗訴部分のうち、被上告人白石文子の遅延損害金の請求中上告人に対し金三一二万九二一九円に対する昭和五一年八月一一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の範囲を超えて支払を求める部分及びその余の被上告人らの遅延損害金の請求中上告人に対しそれぞれ金一一八万一六八八円に対する昭和五一年八月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の範囲を超えて支払を求める部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

前項の部分に関する被上告人らの請求を棄却する。

上告人のその余の上告を棄却する。

上告人の民訴法一九八条二項の規定による裁判を求める申立を棄却する。

訴訟の総費用及び上告人の民訴法一九八条二項の規定による裁判を求める申立に関して生じた費用は、上告人の負担とする。

理由

上告代理人原田策司、同相澤建志、同児玉康夫の上告理由第一点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、訴外白石照正はダンプカーの運行によつて傷害を受けたために死亡したものであるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点について

判旨不法行為の被害者が、自己の権利擁護のため訴を提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものにかぎり、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきであることは当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和四一年(オ)第二八〇号同四四年二月二七日第一小法廷判決・民集二三巻二号四四一頁)、この理は、被害者が自動車損害賠償保障法一六条一項に基づき保険金額の限度において損害賠償額の支払を保険会社に対して直接請求する場合においても異ならないと解するのが相当である。原審の適法に確定した事実関係及び本件訴訟の経過に照らし、原審の認容した限度で本件交通事故と弁護士費用との相当因果関係を肯認した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第四点について

判旨自動車損害賠償保障法一六条一項に基づく被害者の保険会社に対する直接請求権は、被害者が保険会社に対して有する損害賠償請求権であつて、保有者の保険金請求権の変形ないしはそれに準ずる権利ではないのであるから、保険会社の被害者に対する損害賠償債務は商法五一四条所定の「商行為ニ因リテ生ジタル債務」には当らないと解すべきである。してみると、弁護士費用を除く損害賠償債務について商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金を付した原審の判断には、自動車損害賠償保障法一六条一項及び商法五一四条の規定の解釈適用を誤つた違法があり、論旨は理由がある。

以上の次第で、原判決及び第一審判決中、弁護士費用を除いた損害賠償請求について民法所定の年五分の割合による金員を超えて遅延損害金の請求を認容した部分は、それぞれ破棄又は取消を免れず、本訴請求中、右部分は失当として棄却すべきであるが、その余の上告は理由がないからこれを棄却すべきである。

上告人の民訴法一九八条二項の規定による裁判を求める申立について

上告人は、本判決末尾添付の申立書記載のとおり民訴法一九八条二項の規定による裁判を求める申立をし、その理由として陳述した同申立書記載の事実関係は、被上告人らの争わないところである。そして、右事実関係によれば、上告人が原判決により履行を命じられた債務につきその弁済としてした給付は右条項所定の仮執行の宣言に基づく給付にあたるものというべきであるところ、原判決及び第一審判決中、遅延損害金として年五分を超えて被上告人らの請求を認容した部分がそれぞれ破棄又は取消を免れないことは前記説示のとおりであるから、第一審判決に付された仮執行宣言は右部分についてその効力を失うものといわなければならない。しかしながら、被上告人らの受領した遅延損害金は元本全額について年五分の利率によつて計算された金額であることが明らかであるから、前記部分について仮執行の宣言に基づく給付があつたものとはいえない。したがつて、上告人の本件申立は理由がないので棄却を免れない。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、一九八条二項、九六条、八九条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 環昌一 伊藤正己 寺田治郎)

上告代理人原田策司、同相澤建志、同児玉康夫の上告理由

第一点、第二点<省略>

第三点 原判決には自賠法一六条一項の解釈を誤つた判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反があるほか、右認容の理由につき齟齬があるものである。

一、原判決理由は、被上告人らの弁護士費用の請求を認容して「本件は自賠法一六条一項による請求であり、同法三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したことは、その請求原因の要件の一部であり、かつ、本件での重要な争点として控訴人(上告人)が争つているところであるから、本件交通事故と相当因果関係がある弁護士費用の請求を認めるのが相当、」と判示している。

二、しかしながら、自賠法一六条一項の請求権の法的性質は、同条項という法の特別の規定によつて生ずる特別の法定請求権である。

従つて、一方では、保険契約によつて発生する請求権ではないと共に、他方、自賠法三条本文による損害賠償の請求でもないのである。上告人は本件事故についてなんら自賠法三条の損害賠償債務を負つているわけではなく、その責任を負う者は(仮に負うとすればであるが)事故車の運転者兼運行供用者大津である。

従つて、不法行為責任を負う者でない保険会社たる上告人が右自賠法一六条一項の請求に応じないために、被上告人らが支出するに至つた弁護士費用は、上告人の行為に原因するものであつて、本件事故との間に相当因果関係のある損害ではない。そして、自賠法一六条一項によつて請求しうる金額は「損害賠償額」の範囲に止まるから、本件事故と相当因果関係のない、弁護士費用は同条によつては請求の対象とはなりえないのである。

よつて、仮に弁護士費用の請求が認められるとしたならば、それは上告人の応訴抗争が不当抗争として、それ自体民法七〇九条の不法行為責任を発生させる場合でなくてはならない。

しかし、本件第一審判決が明らかに認めているように、本件の主要争点は既に述べたように、極めて微妙な法律解釈をめぐるものであり、争うについては十分な理由があるから上告人の応訴抗争が不当抗争として不法行為を構成するものでないことは明白である(なお、東京高裁昭和四四年四月五日判決交通民集二巻二号四八二頁御参照)。

第四点 原判決は、自賠法一六条一項、商法五一四条の解釈を誤り、右誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであると共に、本事項についての原判決の理由には、不備ないし齟齬がある。

一、原判決は、株式会社たる保険会社である上告人に対する自賠責保険金限度内での損害賠償支払請求について、商事法定利率による遅延損害金を付した第一審判決の判断は相当と判示している。

二、しかし、第三点で述べたとおり、自賠法一六条一項による請求権は、法が創設した全く新しい法定請求権であつて、これは自賠法三条本文の請求権でもなければ、保険者と保険契約者間の自動車損害賠償責任保険契約にもとづくものでもない。

従つて、上告人の自賠法一六条一項の債務は商行為によりて生じたる債務ではなく、右法定請求権が態様を変じたにすぎない遅延損害金を商事法定利率による根拠は存しない。

よつて、この点についても原判決は明らかに判決に影響を及ぼす法令解釈適用上の誤りを犯していると共に、前記一、の原判決の理由には、理由不備ないし齟齬の違法が存する。

以上の諸点いずれからしても、原判決は破棄を免れないものである。

民事訴訟法第一九八条に基づく申立<省略>

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